CoHAL's "ZERO-C" Laboratory

工作室 - エッチング

Etching


※注意
 本ページはある程度エッチング加工や化学についての知識がある方向けの記事としています。
 もしこの記事を参考にエッチング作業を行う場合は、化学薬品の取り扱い方、酸アルカリの化学反応、廃液などの処分方法について、
 しっかり理解習得された上で実施されますよう、よろしくお願い致します。


個人レベルで使えるエッチングで真っ先に浮かぶのはF式です。
(藤崎さんの「闇鍋模型アーカイヴス」オリジナルエッチングパーツ作成法『F式』を参照)
レーザープリンターで紙に印刷した黒い部分(トナーの薄膜)を、エッチングする板に焼き付けた後に紙を除去しレジストにする方法です。
私もやってみましたが、この方法の一番のキモは「エッチング作業に耐えうる十分に濃いトナーの膜を板に焼き付けられるか」にあります。
私が失敗したのは、レーザープリンターを買うときに値段にひかれてブラザーのプリンターを買ってしまったことでした。
普通に印刷するには申し分無いのですが、印刷の濃さを最大に振ってもレジストに使うにはまだ薄いのと、
トナーの焼き付け温度が他社より高いという噂があり、板への焼き付けが弱くなってエッチング最終段階まで保たずに剥がれる傾向があったのです。
それでどうしても板を残す部分の表面が荒れてしまう傾向がありました。
F式を使っている先人の方々はキヤノン製のプリンターを使われている方が多いようですね。
また、F式で印刷に使用するインクジェット用コート紙は、代わりにAmazonで売ってるこの紙のような熱転写用に作られた紙を利用すれば、
板への焼き付けで紙が剥がれて、紙を水で溶かす作業が省略できるので楽にできそうです。
いずれにしてもF式できれいにエッチングするには、持っているレーザープリンター(トナー)の特性が合っていることが必要条件になります。

ドライフィルムフォトレジストについて

現在工業的に行われるエッチングで一般に使われるレジストはドライフィルムフォトレジストです。
昔から個人の電子工作で使われている感光基板の感光剤が薄いフィルムになっているようなものです。
よく使われるものは、紫外線によって硬化するフィルムで、硬化していない部分は弱いアルカリにも溶け、
硬化すると強いアルカリでないと溶けない性状を持つフィルムです。
これによってフィルムを焼き付けた板にネガ原版を重ねて紫外線を当てたり、紫外線レーザーで直接パターンを描画したりしてから
アルカリ溶液で洗うことで、レジストした板の大量生産が容易にできるのです。


実はこのフィルム、ebayやAmazonで中国の業者が小分けしたものを出品していて、個人でも容易に入手できちゃいます。
Amazonでフォトレジストフィルムで検索
Amazonで検索するとこんな感じ。思ったより安いので驚かれる方も多いかと。中国からの直送になるので届くのに2,3週間かかるのは仕方ないですが。
ネガ原版はインクジェットプリンターでOHPフィルムに印刷すれば簡単にできます。紫外線ランプはネイルやレジンアートに使うものが2千円ぐらいから入手可能。
アルカリ溶液の薬品も、食品添加物の炭酸ナトリウムや市販のパイプ洗浄剤でOKなので、意外とハードルは低いのです。

エッチング作業に必要なもの

《エッチングするもの》
・生基板、真鍮板、洋白板 etc.
《レジスト作成に必要なもの》
・ドライフィルムフォトレジスト
 今回使ったのはこれ。
  商品リンク切れ
  この記事の薬品の濃度や露光・現像時間はこのフィルムのデータに従っています。
  他のフィルムを使うときは、おそらくほぼ同じで行けると思いますがテストして確認して下さい。
・ラミネーターまたはアイロン(温度調節が可能なもの)。ラミネーターを推奨。
  うちではアイリスオーヤマのこれを使っています。
  
・プリンターとそれに使用できるOHPフィルム
・紫外線ランプ
  うちではレジンクラフト用に買ったこれを流用しました。
  エッチングする板が入るサイズのものを選びましょう。

・ガラス板
  OHPフィルムに印刷した原版を、エッチングする板に貼ったフィルムに密着させるため、
  ガラス板に挟んで紫外線ランプに入れると失敗を防ぐことが出来ます。
  板より二回りほど大きいものが2枚あると、原版の位置合わせが楽になります。
・炭酸ナトリウム
  洗剤として売っている「セスキ炭酸ナトリウム」は、炭酸ナトリウムと炭酸水素ナトリウムの複塩です。
  純粋な炭酸ナトリウムに比べるとpHが低くなるため、フィルムによっては現像に時間がかかったり溶けなかったりする可能性があります。
  中華麺のかん水や蒟蒻を固めるための食品添加物として炭酸ナトリウムが売っているので、それを使うのが無難だと思います。
 
・水酸化ナトリウム入りパイプクリーナー
  試薬の水酸化ナトリウムを購入するのはとても面倒です。
  濃度2〜3%あればいいので、市販のパイプクリーナーの成分表をよく見て、水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)の濃度が2%以上あるものを買って来ましょう。

・精製水
  炭酸ナトリウムを溶かしたり、後述のエッチング用のエジンバラ液を作成するのに使います。
  水道水では塩素などが入っているため使わないのが無難でしょう。ドラッグストアでコンタクトレンズ用品として売っている安いもので十分です。
・精密はかり
  1%の炭酸ナトリウム水溶液を作成するため。例えば250mlの水なら2.5gの炭酸ナトリウムを溶かすので、2.5gを計れるはかりが必要です。
  Amazonで売っている中国製の安い精密はかりは誤差が大きいので、分銅を使って校正する必要があります。
・各種道具・容器類
  薬液を入れるポリ広口瓶、プラスチックまたは竹製のピンセット、薬液と板を入れるためのバットもしくは皿、薬剤を計る時に使う薬包紙等
《エッチングに必要なもの》
・腐食液
  塩化鉄(III)、別名塩化第二鉄の水溶液。基板用のサンハヤト製の他にも、画材店でエッチング版画用のものが入手可能。そっちのが安い?
・クエン酸
  精製水に溶かして腐食液に混ぜてエジンバラ液を作成するのに必要。ドラッグストアで入手可。
・腐食液保温用のヒーターと腐食用の容器
  腐食液を温めると効率が良いので、うちではコーヒーカップ保温用のヒーターとそれに乗るサイズのビーカーを使用。
・精製水、はかり、各種道具・容器類はレジスト作成用と共通。容器は専用に余分に必要。
・腐食液を廃棄するとき用の鉄粉、消石灰、セメント等
  廃液から銅を析出させるための鉄粉は、小学校の磁石の教材用として売ってます。
  消石灰は腐食液の中和剤として売ってます。使用後の乾燥剤でも可。
  セメントは中和後の廃液を固めて不燃ゴミとして処理できるようにするもの。

実際のエッチング作業の流れ

今回はドール、ぬいぐるみ用のカバンのベルトのバックルを作った例で説明します。

《原版の作成》
  CADや描画ソフトで、金属板を溶かす部分を黒、残す部分を白抜きにした原稿を作成します。
  (後で露光の際に紫外線が当たった部分がエッチングで残すところになるので)
  OHPフィルムの印字面をフィルムに密着させるために、左右反転で印刷するようにします。
  溶かす部分はなるべく少ない方が作業時間も短く、腐食液の寿命も長くなるので、1〜1.5mm程度の幅で切取線を描く要領で作図すると良いです。
  抜き落とす部分はプラモデルの部品のように細いゲートを残して板の方にくっついて残るよう作図します。
  ゲートは表側には描かず裏側のみに描くと、板厚の半分のみ残って切り取りやすくなります。
→これがこうなる→ 


《材料へのフォトレジストフィルムの貼付》
  まず切り出した銅合金の板(今回は0.5mm厚の洋白板)にドライフィルムフォトレジストを貼り付けます。
  フィルムは紫外線で硬化するので、日光など当たらない場所で手早く必要分だけ切り出します。

  このフィルム、品質が良くないのか厚みにムラがあります。色の薄い部分は厚みが無いので避けて使います。

  フィルムの巻きの内側に付いてる薄い透明な保護フィルムを剥がし、金属板に気泡やシワが出来ないよう注意して貼り付けます。
  貼り付けたら回りの余分なフィルムをカットし、裏側にも同様に貼り付けます。
  次に貼り付けたフィルムをラミネーターで板に焼き付けます。
  今回使ったフィルムの使用条件が、
    ・焼き付けリール温度:100〜120℃
    ・貼付圧力:35〜50psi(2.5〜3.5kg/cm2)
    ・板温度:40〜65℃
    ・貼付後24時間以上使用しない場合は黒いフィルムなどで光を遮断して保管すること
  ですので、ラミネーターの温度が120℃程度になるよう調整して貼り付けます。

  この機種だとダイヤルで3〜4ぐらいですかね。材料が小さいので紙に挟んで4〜5回通します。
  板が熱くて触れない程度になるまで通せば上記の条件に合うのかな。
  もしフィルムの貼付や焼き付けで失敗した場合は、
  現像で使う炭酸ナトリウム1%水溶液で溶かして除去し、簡単にやり直すことが出来ます。

《フィルムの露光》
  次は板に原版を重ねて紫外線を当てる露光作業に入ります。

  ガラス板に、裏表重ねたときにぴったり重なるように原版をマステ等で貼り付けます。印字面が板の側になるように。

  原版の上にフィルムを貼った板を載せ、原版の表裏がぴったり合うよう注意して挟み固定します。

  それを紫外線ランプの中に入れて露光させます。
  これも今回のフィルムの使用条件で、
    ・露光エネルギー:30〜70mJ/cm2(30〜70mW/cm2・sec)
    ・露光後時間:15分
  とあります。
  今回のフィルムで試したところ、片面10秒ずつの照射で良い結果が出ました。

  タイマー見ながら手動でON/OFFします。照射した後のフィルムはこんな感じ。

  うっすらとですが紫外線が当たったところが色が濃くなっているのがわかります。
  ここでフィルム表面に付いている保護フィルムを剥がします(露光前に剥がすと原版にくっつく恐れがあるので)
  使用条件に則って15分間放置します。

《フィルムの現像》
  今回のフィルムの現像の条件は、
    ・現像液:炭酸ナトリウム0.8〜1.2%水溶液
    ・現像時間:40〜48秒(28℃)
  ですので、まずは1.0%の炭酸ナトリウム水溶液を作ります。

  重量%ですので250ml(250g)の水なら2.5gの炭酸ナトリウムを溶かします。
  (写真は風袋機能で容器の重さを抜いて重さを表示しています)

  15分放置した板を現像液に投入します。

  ピンセットで挟んで時々揺らすと、露光していない色の薄い部分が溶けてきます。
  条件では40秒ですが、完全に溶けきるには2分ぐらいかかった気がします。

  上手く溶けきると金属板の表面が綺麗に出てきます。溶け残しの無いよう注意して作業します。
  これでレジストの完成です。
  もし露光現像で失敗して最初からやり直したい場合は、
  水酸化ナトリウム入りパイプクリーナー原液をかけることで簡単に除去できます。

《エッチング》
  エッチングの腐食液は、塩化第二鉄水溶液にクエン酸を加えた「エジンバラエッチ液」を使います。

  エジンバラエッチ液は「F式」でも詳しく言及されていますが、塩化第二鉄液をクエン酸水溶液で希釈することで、
  正確なエッチングが出来る上に、腐食中に沈殿物による障害が起きなくなるというものです。
  (北山銅版画室さんのブログ「今日の銅版画スタジオ」の記事参照)
  250mlの液を作るには200ml塩化第二鉄液に、50mlのクエン酸溶液(重量比で温水3に無水クエン酸1を溶かしたもの)を
  混ぜて作ります。

  エジンバラエッチ液をビーカーに板が十分浸る程度に入れ、ヒーターで40℃程度に温めます。
  そこにエッチングする板を入れ、時々揺すったりかき回したりして溶け具合を見ながらエッチングします。

  こんな感じに溶けて穴が開いてきます。今回の0.5mm厚の洋白板だとさすがに1時間弱かかりました。
  この段階になってもレジストはしっかり残っています。

  そのまま注意深く全ての余白が均一に溶けきるまで続けます。
  溶けきったら板を別容器(皿)に移して、水酸化ナトリウム入りのパイプクリーナーを原液のままかけます。
  すると腐食の停止とレジストの剥離が同時に行えます。

  綺麗に水洗いしてできたのがこれ。レジスト貼付時に微妙に気泡入った部分が少しキズのようになっていますが、
  おおむね元の洋白板の表面が綺麗に残って上手く出来たと思います。

F式に比べるとフィルムの貼付から露光現像の手間があるので若干煩わしい手間が増えますが、
インクジェットプリンターで高品位な原版が作成できることと、確実で強固なレジストが作成できることが
ドライフィルムフォトレジストの利点かと思います。
プリント基板や模型パーツの作成にいろいろ使えそうですね。

記事の先頭に戻る